2026.7.30
健康経営社員の「人生」への想像力がエンゲージメントを育む──声なき声から始まる、持続可能な組織への転換
人材定着のために「働きやすさ」を掲げる企業は少なくありません。しかし、制度を整えるだけでは、真のエンゲージメントは生まれないのが現実です。必要なのは、働く人々の背後にある生活や命そのものに想像力を巡らせる、経営層の深いおもいやりです。今回は、業界の常識や過去の成功体験という壁を越え、独自のアプローチで職場環境を再構築した3社の軌跡を紐解きます。彼らの静かな、しかし確かな変革の歩みは、次の一手を探る企業の道標となるはずです。
■ 組織の成長痛を乗り越え、対話で紡ぐ連帯──株式会社アクアスター
株式会社アクアスターは、社員数180名以上を擁する活気ある組織です。男女比は均等であり、平均年齢は35歳という若さにあふれています。関西にも拠点を構え、順調な事業成長を遂げてきました。
しかし、組織の規模が拡大するにつれて、一つの見えない壁に直面します。それは、社員のエンゲージメントの低下という静かな危機でした。同社には女性社員が多く在籍しています。結婚や出産といった多様なライフステージの変化が、キャリアの継続に大きな影響を及ぼしていたのです。この現実を重く受け止め、約5年前から働く環境の抜本的な見直しに乗り出しました。
組織の血流を良くするため、部署を横断するインナープロジェクトを次々と立ち上げました。女性活躍推進を牽引するプロジェクトをはじめ、社内イベントを企画するチーム、教育体制を担うチームなどが存在します。これらは一部の経営層がトップダウンで進めるのではなく、現場の社員が主体となって自律的に活動を推し進めている点が特徴です。
さらに、経営陣は定期的なエンゲージメント調査を欠かしません。別枠でのアンケートも並行して実施し、現場の微細な感情の揺れや要望を丁寧に拾い上げています。
特筆すべきは、制度を形骸化させないための緻密な仕掛けです。月に一度開催される社内イベントは、社員から直接アイデアを募ることで当事者意識を育んでいます。開催回数や時間を明確に区切ることで、業務とのメリハリをつけ、誰もが負担なく参加できる心理的ハードルを下げる工夫が随所に凝らされています。
個人のライフイベントに深く寄り添う柔軟な制度設計を継続してきました。その結果、部門間の風通しが良くなり、日常的なコミュニケーションが劇的に活性化しています。現場の声をすくい上げ、対話を重ねるという地道な歩みこそが、強靭な組織文化を形成する最大の鍵となっています。
株式会社アクアスター:
URL:https://aqua-star.co.jp/
■ [当たり前を疑う勇気から始まる、意識のアップデート]──エムアイシーグループ
印刷や広告を手掛けるエムアイシーグループは、長年業界特有の働き方に縛られていました。平均残業時間が40時間を超え、中には100時間近く働く社員も珍しくない状況だったのです。
転機が訪れたのは7〜8年前のことでした。社内イベントに参加した社員の家族から発せられた、家庭での不在を嘆く何気ない一言が、経営層の胸を鋭く突き刺しました。社員が健康を害するリスクと隣り合わせで働いている現実を直視し、このままでは企業の未来はないと強い危機感を抱いたのです。
しかし、改革への道のりは平坦ではありませんでした。ワークライフバランスを求める若手社員と、長時間労働を美徳とするベテラン社員との間には、深い意識の断絶が存在していました。そこで同社が選択したのは、強権的なルール敷設ではなく、徹底した対話の場を設けることでした。
世代や役職を超えたグループディスカッションを、約半年かけて繰り返し実施しました。残業を肯定する側の意見として、自分のペースで働きたい、残業をしていない=仕事をしていないのではという意見がでる一方、残業せずに帰る人たちからは、仕事をしないで帰っているのではなく業務をとことん効率化して早く終わらせているんだといった意見が出ていました。全員が当事者として意見をぶつけ合うことで、残業削減が必要であることを徐々に理解していってくれました。
残業削減の基盤が整うと、次なる一手として健康経営への投資を本格化させました。健康診断の結果に対して産業医からアドバイスをもらったり、骨密度や血液年齢などを測るイベントを社内で実施したり、安全衛生委員会から毎月情報発信をしたり、地元スポーツジムとの法人契約を締結しています。さらに、加齢に伴う身体的な不調への対策として、専用アプリを活用した社内ウォーキングイベントを導入しました。同じ目標に向かって共に体を動かす体験が、チームの連帯感を静かに、しかし確実に深めています。
エムアイシーグループ:
URL:https://www.micg.co.jp/
■ [命と時間を守り抜く、柔軟な包摂力の探求]──株式会社NISHI SATO
株式会社NISHI SATOの組織変革は、経営者自身の壮絶な原体験から幕を開けました。
十数年前、仕事と育児の両立に奔走していた現社長は、極度の過労から心臓発作で倒れ、生死の境を彷徨いました。奇跡的に一命を取り留めた病床で、命の儚さと、個人の健康が家族の未来に直結しているという厳然たる事実に気づかされます。同時に、日々の業務に追われる社員が、個人の時間とお金を使って健康維持に努めることの限界を痛感しました。
「健康づくりは仕事の時間内で完結させなければならない」──この揺るぎない信念のもと、まずは全社的な禁煙活動に着手しました。単に禁止するのではなく、喫煙のリスクを説くポスターや冊子を配置し、2年という歳月をかけて段階的に環境を移行させるという、徹底した啓蒙活動を展開しました。
さらに、前体制時代からの男性中心的な労働環境を解体し、働き方の根本的な再設計に挑みました。週5日・1日8時間労働という固定観念を捨て、1日わずか2〜3時間でも働きたいと願う母親層を積極的に採用したのです。短い時間に圧倒的な集中力で成果を出す彼女たちの姿は、旧態依然とした組織に波紋を呼び、やがて確固たる実績として周囲を黙らせました。社内の猛烈な反発にも屈せず、自らの直感と信念を貫き通した経営者のエネルギーが、組織の空気を完全に塗り替えたのです。
この極限まで柔軟性を高める設計思想は、新たな人材層との出会いも生み出しました。午前中に厳しい練習を抱え、午後しか働けない現役アスリートたちの受け入れを開始したのです。競技生活による短期離職のリスクを恐れるのではなく、限られた期間で強烈なコミットメントを発揮する彼らの特性を、経営の推進力へと転換しました。
現在、同社はワーキングマザーとアスリートという多様な人材が中心となり、互いの突発的な欠勤を当然のようにカバーし合う、強靭で温かい互助文化を築き上げています。痛みを知る者同士の共感が、企業の最も確かな競争力へと昇華されています。
株式会社NISHI SATO:
URL:https://nishisato.co.jp/company/outline/
まとめ
業界も成り立ちも異なる3社ですが、その根底には揺るぎない共通点が存在します。それは、働く人々の人生そのものを直視し、時に非効率に見える対話や摩擦から逃げない経営陣の姿勢です。制度の導入はあくまで手段に過ぎません。一人ひとりの「声なき声」に耳を傾け、組織の体質を根本から見つめ直す地道なプロセスこそが、誰もが辞めたくないと心から思える環境を形作ります。明日からの職場づくりに向けて、まずは自社の現場に落ちている小さな違和感を拾い上げることから始めてみてはいかがでしょうか。
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