2026.7.30
健康経営生産性と健康はトレードオフではない──職人の背中とエンジニアの孤独を守る、経営陣の静かな決断
働き方改革や健康経営が叫ばれて久しい昨今、制度を導入したものの形骸化に悩む企業は少なくありません。流行りの施策をそのまま取り入れるだけでは、現場の真のニーズを満たすことは難しいのが現実です。必要なのは、自社の業務特性や社員の働き方に深く目を向け、時には不平等感といった痛みを伴う課題から逃げずに向き合う経営陣の姿勢です。今回は、製造、IT、修理という全く異なる領域において、自社ならではの最適解を見出し、働く環境を抜本的にアップデートした3社の軌跡を紐解きます。彼らの試行錯誤の歩みは、次の一手に悩む多くの企業に確かなヒントをもたらすはずです。
■ [手厚い補助が救った命、格差を埋める地道な歩み]──株式会社アルファーデザイン

長野県に拠点を置き、主に一点モノの産業用装置の設計や製造を手掛ける株式会社アルファーデザイン。平均年齢は40代後半、社員の9割を男性が占める同社は、モノづくりの最前線を支えるプロフェッショナル集団です。設計を担うデスクワーカーと、組み付けを行う現場作業者が緊密に連携し、日々高度な技術力を発揮して事業を牽引しています。
同社における健康への本格的な歩みは、2024年に経営トップの強い意志のもとで幕を開けました。地域の経営者同士の交流を通じて健康経営の重要性に触れた社長の決断により、次々と独自の施策が打ち出されていきます。その中でも特筆すべきは、社員の命を直接的に守るための大胆な投資です。
同社が導入したのは、上限6万円という極めて手厚い人間ドックの費用補助制度でした。一般的な健康保険の補助に会社が多額の補助を上乗せすることで、日帰りドックであれば社員はほぼ自己負担なしで詳細な検査を受けられる環境を整えたのです。この制度は単なる福利厚生の枠を超え、社員の健康意識に静かな変化をもたらしました。自身の年齢や不安に合わせてオプション検査を追加する社員が増え、実際にこの受診をきっかけに重大な疾患が早期に発見され、一命を取り留めた事例も生まれています。制度の充実が、文字通り社員の命と未来を救う防波堤として力強く機能しているのです。
さらに、生命保険会社からの提案を柔軟に取り入れ、社内自販機へのカロリー表示や、24時間対応の健康相談ダイヤルの設置など、日常の風景に溶け込む形での支援も進めています。出張先での急な体調不良や、深夜の受診判断に迷った際にも、専門家にすぐ繋がる安心感が社員の心理的負担を軽減しています。
一方で、健康に対する意識の高い層とそうでない層との間に生じる格差をどう埋めていくかという、新たな壁にも直面しています。製造ラインの稼働を止めてまで一律のセミナーを実施することの難しさを抱えながらも、社員一人ひとりの健診結果の傾向を統合し、組織全体のアプローチへと昇華させるための模索が続いています。トップの決断から始まった変革は、現場のリアルな実情と向き合いながら、より強靭な組織文化づくりへと歩みを進めています。
株式会社アルファーデザイン:
URL:https://www.alpha-design.co.jp/
■ [「集まれない」組織だからこそ辿り着いた、休む権利の平等な提供]──ノバシステム株式会社
2030年のプライム市場上場という高い目標を掲げ、急速な事業成長を続けるIT企業、ノバシステム株式会社。平均年齢35歳という若さにあふれる同社ですが、エンジニアを中心とする組織ならではの特有の課題を抱えていました。それは、社員の大半が顧客先での常駐勤務や在宅ワークを行っており、物理的な働く場所が全国各地に完全に分散しているという現実です。
企業価値向上の戦略として健康経営優良法人の取得に向けて動き出した同社ですが、全社員が一堂に会するイベントや、オフィスでの画一的な健康施策を実施することは、かえって現場の不平等を助長するリスクがありました。現場と本社の間に生じる見えない溝──。この難題に対して同社が導き出した答えは、何かを全社で一斉に強制することではなく、全員に平等な「休む機会」を徹底的に提供することでした。
その象徴とも言えるのが、圧倒的な利用率を誇る独自の休暇制度です。年に5日間の「リフレッシュ休暇」を取得した社員には、一律5万円の手当が支給されます。この制度は名ばかりの権利として形骸化することなく、実に8〜9割という極めて高い水準で実際の取得に結びついています。さらに、結婚記念日や自身の誕生日など、個人のライフイベントに合わせた休暇制度も網羅的に整備し、気兼ねなく休むことへの心理的ハードルを極限まで下げています。
エンジニアという職種柄、在宅勤務のインフラが高度に整っていることも後押しとなり、産休や育休からの復帰率はほぼ100%を維持しています。ライフステージが変化してもキャリアを分断させない環境が、日常の業務の中に自然と溶け込んでいるのです。物理的な距離が離れていても、会社が個人の人生の節目を深く尊重し、確実な制度で報いる姿勢を示すことが、目に見えない強い連帯感の源泉となっています。
今後は、分散した環境下でいかに社員の身体的な健康をサポートしていくかが次なる挑戦となります。直接的な介入が難しいからこそ、健康経営のスコアを地道に分析し、個人の裁量に委ねながらも確かな支援を届けるための、新たな仕組みづくりに向けた静かな闘いが始まっています。
ノバシステム株式会社:
URL:https://www.nova-system.com/
■ [職人の体と誇りを守り抜く、循環型社会の新たな働き方]──かばんの総合病院(山澤工房)
「かばんの総合病院」というユニークな屋号を掲げ、全国から寄せられるスーツケースや鞄の修理を一手に引き受ける山澤工房。循環型社会という時代の潮流を追い風に事業を拡大する同社では、13名の職人が熟練の技を振るっています。勤続25年から30年を超えるベテラン職人も多数在籍し、彼らの手仕事こそが会社の最大の財産です。
しかし、修理という事業の性質上、かつては深刻な労働環境の課題を抱えていました。持ち込まれる鞄の破損状態は千差万別であり、作業工程の予測が立てにくく、お客様との約束を守るための繁忙期には、長時間労働が発生しやすい状況がありました。さらに、大きなスーツケースを扱う職人たちは、作業台に向かって長時間立ち続け、前傾姿勢を強いられるため、慢性的な腰痛や肩こりという職業病と常に隣り合わせの状況でした。
この負の連鎖を断ち切るため、経営陣は抜本的な業務改革に踏み切ります。まず、デジタルツールを活用して作業時間を可視化し、現場に無理のないスケジュール管理と納期設定を徹底し、長時間労働の撲滅に成功しました。さらに、身体的負担を和らげるため、社内でのストレッチの推奨や整体師の出張受診を実施。事務職に対してもスタンディングデスクを導入し、座りっぱなしによる不調を未然に防いでいます。
改革は業務環境の改善だけにとどまりません。広大な敷地を活かし、休憩時間にキャッチボールやティーバッティングができる専用のネットを設置しました。ランチ会を通じて部門を超えた対話を促すなど、心身のリフレッシュと社内のコミュニケーションを活性化する取組が随所に凝らされています。これらはすべて、長年会社を支えてきた社員に、一日でも長く健やかに働いてほしいという、経営トップの深い愛情と覚悟の表れです。生産性の向上を単なる利益の追求に終わらせず、時間的余裕の創出と社員への還元に直結させる姿勢が、世代を超えた職人たちの誇りを静かに支え続けています。
かばんの総合病院(山澤工房):
URL:https://yamazawa-kobo.com/company_profile/profile/
まとめ
製造、IT、修理。業界も直面する課題も全く異なる3社ですが、その根底には揺るぎない共通点があります。それは、会社都合の押し付けではなく、現場のリアルな働き方や痛みに目を向け、自社にとっての最適解を泥臭く模索し続ける経営陣の姿勢です。健康経営や環境整備は、ただ制度を並べれば機能するものではありません。格差への葛藤、物理的な距離、業界特有の慣習──こうした摩擦から逃げずに対話を重ね、社員一人ひとりの人生に寄り添う覚悟こそが、決して揺るがない組織の基盤を作り上げるのです。まずは、皆さんの会社の現場にある小さな不都合な真実に、静かに耳を傾けることから始めてみてはいかがでしょうか。
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